私と中島みゆきの記憶の始まり

マイク

私が中島みゆきを記憶したのが1992年のことである。

当時、インターネットもなく、新聞やラジオにも触れる習慣がなかった私にとって、テレビは世界へ繋がる唯一のツールだった。

そんなテレビからよく流れていたのが、『浅い眠り』だった。

衝撃的な歌だった。

男か女か分からないような野太い声が、私の耳を掴んで離さなかった。

「一体どんな人が歌っているんだろう」

私が彼女の歌う姿を初めて見たのは、『FNS歌謡祭』という歌番組だった。

『浅い眠り』を歌う彼女の姿を見て、また衝撃を受けた。

「なんてカッコイイんだろう」

それが第一印象だった。

そして、この時、彼女の名前が「中島みゆき」ということを知った。

中島みゆきは、滅多にテレビに出ない人なのだとも知った。

一方で、ラジオではパーソナリティーを務めていると情報を仕入れた私は、さっそく声を聴くことにした。

ラジオに馴染みのなかった私だったが、なんとか彼女の出演するNHKへとチャンネルを合せることができた。

ドキドキしながら、ラジオの前でスタンバっていた。

そして、時計の針が番組開始時間である21時を打った時、
「こんばんにゃ~!」
ラジオから素っ頓狂な声が聞こえた。

私はチャンネルを間違ってしまったと思った。

再びチューニングを回し直すのだが、チャンネルを1周しても、それっぽい番組はやってない。

そこで私は気付いたのだ。

そう、さっきの「こんばんにゃ~!」が中島みゆきだったのだ。

歌う姿と全く正反対の彼女に私は度肝を抜かれた。

そして、ますます彼女の虜になっていった。

番組やCDから、彼女の楽曲をどんどん聴いた。

驚いたことに、この曲もあの曲も聴いたことがあった。

『時代』『春なのに』『ルージュ』

当時12歳だった私は、「中島みゆき」という名前を覚えるよりずっと前から、中島みゆきと出会っていたのだ。

おそらく産声をあげた時から何らかの形で彼女の楽曲を聴いていたのだろう。

生まれてから今まで、ずいぶん長い付き合いの私達。

未だ冷めやらぬ彼女への興味を引きずりながら、このブログを書いていこうと思った。

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